行き先変更・・・

実家から次の目的地、東京妹宅に行く予定が、気がついたら逆方向に来てしまいました。。。

米子からの飛行機、成田行きではなくあえて神戸経由の茨城空港行きにして、500円の東京行きバス乗る予定でしたが、要予約なのを見落としていて、神戸空港で気が付き問い合わせをしたところ、すでに満席(o_o)でした。
どうやら、中国からの便が同じ時間帯に到着する日だったらしく、その日だけはすごい人なんだそうです。
次のバスは4時間後、しかも空きは6席。
残された選択肢はバスと電車を乗り継ぐ、、、だったんですが、500円で東京に出られるはずが、数倍のお金を払っておとなしく東京直行はなんだか悔しかったので、思わず水戸行きのバスに乗ってしまいました。
いくら悔しいからと言っても、ヤケクソになったわけではないですよ。
私、日本百名城が制定された年から、コツコツと日本百名城巡りをしていまして、バス乗り場の水戸行きが目に入った瞬間、水戸城‼︎となってしまったわけです。
昨年、友達の結婚式で筑波までは行ったんですが、水戸までは足を伸ばせず断念してたので、ひっかかってたんですよ。
そんなわけで、やって来ました水戸!
もちろん出迎えてくれたのはこの方々。
徳川光圀公、言わずと知れた水戸黄門様です。
黄門様にご挨拶をしたら、さっそく水戸城址に向かいます。
駅から徒歩5分くらい、急な階段を登ったら、弘道館が見えました。
そういや、駅で偕楽園と弘道館で梅まつり開催中と書いてあったのを思い出し、ちょっと寄り道をしましたー。

この弘道館、平成23年3月11日に発生した東日本大震災で甚大な被害を受けたため、約2年間の復旧工事が行われていて、まさに今日、3月27日に全面復旧完了、記念式典が開催されたそうです。
一般公開は午後1時からで、私が到着したのが、その直後だったのです。
入り口では記念の品として昭和の大修理の際に張り替えられた和紙で作られたしおりを、振袖を来ていた梅大使のお姉さんたちが配布しており、ちゃっかり母娘でいただきました。
中ではテレビ局の取材も入っていて、インタビューをされている観覧者の姿も見られました。
楽しみにしていた梅は・・・・残念ながらもう終わりかけでしたが、特別な日に立ち会えたことに、なんだか嬉しかったので良しとしましょう。
弘道館と梅を楽しんだ後は、いよいよメインの水戸城址!
弘道館をあとにし、大手橋を渡ったら水戸城址・・・のはずが、右手に付属小学校、左手には水戸二中・・・
これまで、天守閣のない城址も幾つも行きましたが、城址公園として整備されているところがほとんどだったので、どこが城址?と面食らってしまいました。
えっ、えっ、せめて城址の碑とかないのかなーと思っていたら、小さな資料館のような場所があったので、そこに入ってパンフレットをゲット。
さらに、ボランティア(?)のスタッフの方とお話しをさせていただいたところ、今いる場所が二の丸、小学校の場所が三の丸、その奥が本丸あった場所で、水戸城のあった場所が今は学校になっているということを教えてくださいました。
当時の図と航空写真を見比べると、確かにその後を残した形になっていました。
そして、本丸跡には水戸城薬医門があると教えてくださったので、せっかくなので、さらに足を伸ばして見てきました。
どっしりとした立派な歴史あるこの門、これ、水戸一高の敷地内にあるんですよー。
母校にこんなんあったら、すごく誇りに思うだろうな。
神戸空港で東京行きのバスに乗れないことを知った時は、ショックで崖から蹴落とされた気分でしたが、結果的に停滞している城巡りと水戸の街の観光までできていい一日になりましたー。
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